ここからは、ストレッチトレーナーになるために必要な能力の中でも、専門的な知識として「解剖学」の観点も踏まえながら話していきます。
解剖学の基礎
ストレッチの効果を最大化するには、解剖学の基本的な理解が不可欠です。この記事では、ストレッチに関する「解剖学の基礎」と「考え方」について解説します。
人の身体は複雑な構造をしており、筋肉や関節、骨、神経などが連動してあらゆる動きを作っています。決して単体のみで動作を完遂することはできませんので、それぞれの組織が担う働きを理解し、局所的な視点ではなく全体的もしくは網羅的な広い視野を持って、ストレッチを行うことが重要となってきます。
ただし、最初から解剖学を突き詰め過ぎるとなかなかストレッチの実践に入れなくなってしまいますので、ここではストレッチを行うために最も重要な解剖学の基礎である、筋肉の以下3点を押さえていきます。
- 作用・起始・停止
- 主導筋(しゅどうきん)と拮抗筋(きっこうきん)
- 伸長反射(しんちょうはんしゃ)
解剖学の基礎①
筋肉の「作用・起始・停止」
これらの用語は、ストレッチを行う上で必須の知識であると共に、筋肉の動きや機能を理解するための基本でもあります。生活動作やふとした動きはもちろん、スポーツ動作や複雑な動きなど私たちの行っている全ての動作に通ずる知識です。実際に自分の身体の中で起こっている反応を知ることにも繋がり、身体の仕組みを知るのはとても面白いですよ!
筋肉の「作用」とは?
まず、筋肉の「作用」について説明します。
「作用」とはその筋肉が収縮することで生じる動きを指します。
例えば、上腕二頭筋(腕の力こぶ)の主な作用は「肘関節の屈曲」「前腕の回外」の2つがあります。
上腕二頭筋が収縮すると肘が曲がりますよね?そして、肘が曲がると力こぶができますよね?
これは上腕二頭筋が収縮していることを意味します。
要はこういうことなのです。思ったより簡単ではないでしょうか!
そして、肘を曲げたまま手の平を外側に向けてみてください。
更に力こぶが「ギュッ」と収縮しませんか?
これが「前腕の回外」という作用です。
さぁ、ここからが本題です。
ストレッチとは、この作用と逆の動きを行うことを指します。
肘を伸ばして(肘関節の伸展)、手の平を内側に最大限に回してみてください(前腕の回内)。
すると、力こぶがストレッチされている感覚がありませんか?
上腕二頭筋は肩関節の屈曲にも補助的に働くので、腕を後方へ伸ばす(肩関節の伸展)と更にストレッチが強まります。つまり、筋肉の作用を理解し、その作用と反対の動きを行うことで筋肉が伸ばされるストレッチが実現するのですね!
筋肉の「起始」「停止」とは?
次に、筋肉の「起始」「停止」について説明しますが、簡単に言うと以下のように理解していただければOKです。
- 起始:筋肉の始まりの部分
- 停止:筋肉の終わりの部分
これは体の中心に近い方が起始、遠い方が停止というイメージです。
先ほどの例にならい、上腕二頭筋で見ていきましょう。
上腕二頭筋は”長頭”と”短頭”の2つで構成されています。それぞれの起始と停止は以下の通り。
- 起始
長頭:肩甲骨の関節上結節
短頭:烏口突起(うこうとっき)
- 停止
長頭:橈骨粗面(とうこつそめん)
短頭:上腕二頭筋腱膜を介して前腕筋膜
簡単に言うと、肩の付け根から起始し、前腕の肘に近い側の前面に停止。これらが作用つまり収縮することで、肘が曲がるという動作が実現するのです!
解剖学の基礎②
主導筋と拮抗筋とは?
作用と起始、停止が理解できたところで、次に主導筋(しゅどうきん)と拮抗筋(きっこうきん)の理解を深めましょう。これはとても簡単です。
- 主導筋:特定の動作を行うときに主要な役割を果たす筋肉。
- 拮抗筋:主導筋と反対の動きをする筋肉。
例えば、肘を曲げる動作(肘関節の屈曲)において、上腕二頭筋が主導筋として作用しますが、この時の上腕三頭筋つまり”二の腕”が拮抗筋です。
逆に、肘を伸ばす動作(肘関節の伸展)では、上腕三頭筋が主導筋となり、上腕二頭筋は拮抗筋となりますね。
つまり、ある筋肉をストレッチしている際は、その筋肉の拮抗筋は収縮している、と言えるのです。
これは脱力を促進するテクニックや、可動域を瞬間的に広げるテクニックにおいて重要となってきますが、基礎を学んでいる現時点となるここではそこまで深く探求しなくて問題ありません。
主導筋と拮抗筋の存在を理解していただければ、ここではOKです!
解剖学の基礎③
筋肉の「伸長反射」とは?
伸長反射とは、以下のことを指します。
筋肉が強く伸ばされることを感知した際に、自動的にその筋肉を収縮させる防衛反応の一種
この反応は、筋肉が過度に伸ばされることによる怪我や損傷から身体を守るための防御メカニズムとして働いています。
どのように機能するのか?
筋肉の中には筋紡錘(きんぼうすい)という小さな感覚受容器が存在します。これが筋肉の伸長を感知する役目を果たしているのです。
例えば、筋肉が伸ばされると、筋紡錘はこの情報を脊髄へと送信し、脊髄はこの情報を受け取ると、その筋肉に「収縮しろ!」という命令を送り返します。これにより、筋肉は瞬時に収縮し、過度な伸張から身を守るのです。
ストレッチで15秒キープを行う理由
ストレッチの考え方として後述しますが、基本的に私の指導するスタティック(静的)ストレッチでは筋肉が最大限に伸びている位置で”15秒キープ”を推奨しています。
15秒の理由は、前述の「伸長反射」が解除される目安の時間として適しているためで、つまり、”筋肉が伸びている状態で15秒キープ”することで、防衛反応である伸長反射が解除され、より効率的に筋肉をストレッチすることができるのです。
ストレッチの考え方
筋肉の「作用・起始・停止」「主導筋と拮抗筋」「伸長反射」を理解することで、ストレッチをより効果的かつ安全に行えるようになります。それらを踏まえ、“ストレッチ”を一言であらわすと、こうなります。
その筋肉の作用と反対の動き、つまり起始と停止を遠ざけてキープすること
これがストレッチです。
ストレッチの効果や分類、例えばスタティック(静的)ストレッチやダイナミック(動的)ストレッチなど、実際の技術に関する話は、次回以降のテーマで解説していきましょう!